かつた。驚くほど、目が深く澄んでゐた。いさゝかの気怯《きおく》れも宿さず、狡猾も宿さず、色情も宿してをらぬ。ひとたび心をきめた時には、最大の苦痛にも立ち向ふ精神力が溢れてゐた。珍らしいほど澄みきつた目だと僕は思つた。精悍な南方人を思はせる男性的な美しい顔だつた。
娘の方が、男に、身も心も捧げきつてゐるのであつた。このやうに身も心も捧げ、一途に信じきり頼りかゝつてゐる女の姿といふものを、僕はまだ見たことがない。大人の世界にはなからうと思つた。十七の娘の世界、八百屋お七の世界だと思つた。
今迄の行きがゝりを離れて、今夜一晩改めて考へて、本当に結婚したいと思つたら明日出直して来るやうに言ひ、男を帰した。男は、明日は来ませんが、明後日は必ず来ますと答へた。
約束の日に男は来た。男は学生証をだしてみせた。まだ生々しいその日の日附であつた。金策のため帰郷し、滞納の授業料を納めて学生証を貰つて来たのである。まだ二十一の予科の生徒である。この二人の愛情が永遠のものだとは元より考へてゐなかつた。けれども、この男なら、やがて二人の生活が破れる時が来ても、娘は二人の生活から何かしら宝をつかんで別れるこ
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