つた。大工の棟梁といふのは例の「看護婦」の家族のことで、始めて息子の不埒を知り、お詫びの意味で、心掛けてくれたのだつた。娘の情夫は硬派の与太学生で、看護婦先生が殴られたことのある男であつた。そのツナガリがあるために、案外簡単に見つけることが出来たのである。
 その晩は三宅君が入営のために故郷へ旅立つ日であつた。僕を訪ねて来てくれて、食堂の奥の座敷で一緒に酒をのんでゐた。そこへ棟梁の一族が男女の罪人を引きたてゝ、どや/\と流れこんで来たのである。酒席は忽ち白洲となり、罪人男女は案外冷静、突き刺すやうな鋭い視線で何かしらヂッと凝視《みつ》めてゐるばかりだが、棟梁一族のうるさいこと、あれを言ひ、これを言ひ、男を叩き切らんばかりの見幕で、喧々囂々、僕の俄か奉行では何が何やら一向に納りがつかぬ。大変な騒ぎのうちに、汽車の時間が来て、三宅君は慌てゝ停車場へ飛んで行つた。僕は好漢の出征を見送ることすら出来ないといふ始末であつた。
 男は二十一であつた。中学を四年でやめて放浪にでゝ、名所旧蹟の写真師をしてゐたが、家に帰り、許されて、京都の学校へ這入つた。然し、授業料を滞納して、目下休学状態であつた。

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