全く自信はないのであらう。ふとつた石屋も香具師の親分も老後を托すに足るだけの誠意でないことは自明であるし、第一主婦は、すべての大人といふものが世の辛酸表裏を知りつくしてゐるために、大人達と老人達に本能的な嫌悪を懐いてゐた。さうして、弁当の得意先であるところの鉄道の独身者の若い従業員に親切にし、娘の婿にと心掛けてゐるのであつたが、実際は、それが娘のためではなく主婦自らの最大の慰安であつた。が、それとても、真実の未来の光明となり得ぬことは痛切に思ひ知つてゐたのである。親爺夫婦は僕に妻帯をすゝめたが、そのとき主婦はいつも僕にかう言つた。どない女かて宜しうをすわな、あんたはんかてもう五ツ六ツ老けてごらうじ、一人やつたら味気なうて、ほんまに生きられえへんどつせ。多分主婦が最も痛切にそれを感じてゐたのであらう。人間には年齢の思考といふものがある。頭の思考に独立して年齢自身が考へはじめ、その抜きさしならぬ暗さ、のしかゝつてくる思考自体の肉体的な目方の重さといふものを僕も薄々感じることが出来たのである。老醜の恐怖といふものが今まざ/\と主婦の眼前にひらけ始めて、どのやうな男でもいゝ、死損ひでも構はない
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