かつたし、動作にも、気質にも優しさがなく、そのくせ、最も頻繁にウチ女やよつてに、とか、気が弱うて、とか、凡そ飛んでもない述懐を本気で泌々こぼしてゐる。薄気味悪くなるのであつた。
 この二人がどういふ因縁によつて同棲を始めたのだか、僕はハッキリ知らないが、昔、主婦がどこかの売店で売子の時分、親爺が熱を上げて口説き落したのだと云ふ。当時親爺には妻子と立派な店舗があつたが、それをみんな投げだして、この商売を始めたのである。その頃は人並以上の情熱児であつたであらうが、その面影はもはや一切残つてゐない。残つてゐるのは醜悪な老躯ばかりで、死損ひといふ感じが全てゞあつた。
 この食堂の二階座敷の碁会所の常連や食堂の馴染客は、親爺に面と向つて死損ひだと言ふのであつた。棺桶に片足突つこんで置いてからに、却々いきをらんで。ほんまにシブトイ奴ッちやないかいな、と、一日に一度ぐらゐは誰かしら斯う言ふのである。さうして、後は引受けるよつてに、早うに死んだらどうかいな、と冷やかしてゐる。言ふまでもなく冗談である。悪意どころか、お前の女房は美人だといふお世辞のつもりであるかも知れず、こんなに羨しがつてゐるのだからお
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