堂の親爺夫婦が正真正銘の夫婦であるといふことを信じる迄には相当の時間が必要であつた。親爺は六十三だけれども、七十三、いやもつと老けて見える。五尺に足らない小男で、前歯が落ち、脱け残つた歯が牙のやうに大きく飛びだし、顔中黒々と太い皺《しわ》で、その中にトラホームの目と鼻がある。年中帯をだらしなく巻き、袖で洟《はな》をこすりながら、弁当の配達に歩いてゐる。街を歩いてゐる時は左程でもないが、自宅へ辿りつくとグッタリ疲れてしまふらしく、食堂の内部ではウヽウヽウヽと唸りで調子をとりながらうろつき廻り、新聞だの煙草だの部屋の中の離れた場所にあるものを取りに出掛けて行く時には、坐つた場所から這ひはじめて、又這ひ戻つてくるのである。
主婦の方は四十三。これは年齢相当の年配に見えて、然し親爺に比べると、どうにも娘としか思はれぬ。却々《なかなか》の美人、身の丈は五尺四寸以上、姿はスラリと綺麗だけれども、髪の毛が赤い縮れ毛で、クワヰのやうに結んでゐる。年中|駻馬《かんば》の鼻息でキイ/\声をふりしぼりながら、竈の前で親爺をこき使つてゐるのである。顔も姿も綺麗だけれども、痩せてゐる胸のあたりは女の感じではな
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