しろ、これが丁度手頃だとすら思へた。たゞ命をつなぐだけ、それでいゝ。汚いにしても、普通の弁当仕出屋と趣きが違つてゐる。仕出屋として汚いのではないのだ。溝の溢れた袋小路。昼も光のないやうな家。いつも窓がとぢ、壁は落ち、傾いてゐる。溝からか、悪臭がたちこめ、人の住む所として、すでに根柢的に、最後を思はせる汚さと暗さであつた。たゞ命をつなぐだけなら、俺にはこの方がいゝのだ。光は俺自身が持つより仕方がない……僕はさう思つた、さうして、戸をあけて這入らうとしたが、戸は軋むばかりで開かず、人の気配もなかつた。弁当のことは宿の人に頼むことにして、僕達は稲荷の通りへでゝ、酒をのんで別れた。
 ところが、宿主の計理士が頼んでくれた弁当屋がこの家で、そればかりではなく、三ヶ月ぐらゐの後、この宿を出なければ、ならなくなつたとき、計理士が代りに探してくれた部屋が、この弁当屋の二階の一室であつたのである。かうして、僕は、人生の最後の袋小路に住むことになつた。僕は気取つて言ふのではない。僕と隠岐が始めてこの袋小路へ迷ひこんだとき、二人が一様にさう感じて、なぜともなく笑ひだした露路なのだつた。
 伏見稲荷の近辺は、
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