れるのだ。ところが、親爺は二ツ返事で承知した。安いも高いもないのである。倅の出世に大喜びだし、ノンビリさんと関さんといふ有閑人士が二人ゐるから、十銭の金がはいるだけでも喜ぶ筈だと思つたのだつた。
トラックが袋小路の入口へ横づけになり、寝間と茶の間に八ツ橋の山が築かれ、関さんもノンビリさんも召集される。然し、関さんは二十つめると、二階に客が来ましたさかいに、と逃げてしまひ、ノンビリさんは物の五ツとやらないうちに、うち、朝からなんや気分が悪うて、貧血が来さうやさかい、と、これも二階へ逃げのび、布団を被つて、ねてしまつた。それ以来、ノンビリさんは全然八ツ橋に手をださず、関さんは親爺にくどく言はれた時だけ、十ぐらゐづゝやりかけて、客があるとか、今日は外に用があるとか言ひつくろつて逃げてしまふ。あんたはん、まだ八十や。たつた八銭やないか、と言はれ、は、その金は貰はんといゝさかい、差上げますわ。冷然とかう言ひ放つて、二階へ上つてしまつた。関さんも甚だ意地が悪いのだ。勿論、このやうな安価な仕事をお為ごかしに押しつけることが悪い。然し、悪意は、親爺にはなかつたのである。果せる哉、倅が自動車を乗りつけ
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