いふのであつた。
要するに、この男は、異常にしんねりむつつりとして、人の神経が分らぬくせに、神経質でオド/\し、あらゆる点でノンビリしてはゐないのである。無学な人が創りだした渾名でも、渾名といふものは大概|肯綮《こうけい》に当つてをり、人を頷かせる所があるものだ。ところがノンビリさんに限つて、凡そ人に成程と思はしめる所がない。してみれば、この渾名をつけた人が、余程、どうかしてゐるのだ。つまり、この渾名にも、それ相当の理由はあつて、しかもその唯一の理由のために他の属性は全く掻き消され顛倒されてしまつてゐる。それほども強く、唯一の理由が、その人々の人生観の大根幹を為してゐるのだ。即ち、食堂の主婦と親爺は、たつた一つの大根幹が人生の全てゞあつて、他の属性はどうでも良かつた。さうして、この若者がどうしてノンビリさんと称ばれるに至つたかと言へば、下宿の支払ひがノンビリしてゐる、といふ、唯この一つの理由からであつたのである。
然しながら、収入のないノンビリさんが支払ひをノンビリするのは仕方がなかつた。彼は、まだ、京都で働きたくはなかつたのだ。故郷で今しばらく病を養つてゐたかつたのだ。母と叔母が
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