といふ相手ではなかつた。僕は激怒し、野良犬を追ひだすやうに追ひだしてしまふ。どうして僕が怒つたか、勿論、彼には分らないのだ。
 同僚達に愛される筈はなかつた。忽ちのうちに厭がられ、彼等だけの生活内で可能なあらゆる厭がらせを受けたのである。食事のオカズまでまきあげられて、仕方なしに、毎日、お茶で飯だけすゝりこむ。遂に、堪りかねて主人の所へ報告に行つた。受けた侮辱の数々を述べ立て、例の腕きゝの職人が倉庫の服地をチョロまかして酒色に費してゐることを密告した。ところが、その時までフム/\ときいてゐた主人が、この密告をきくに及んで、突然、馬鹿野郎! と一喝したといふのである。それぐらゐのことは、先刻、こちらが知つてゐる。それだけの腕があるから、やらせておくのだ。貴様はどうだ。たつた今、クビにするから出て行つてくれ。友達のつきあひも出来ない職人は店の邪魔だ。――かうして、叩き出されて来たのである。彼はビックリ顔色を変へ、布団や荷物を持ちだす手段も浮かばず一目散に飛びだして、まつさをな顔をして食堂へ三週間ぶりに戻つてきたのは、深夜の三時頃であつた。流石に彼も、公園のベンチに腰を下して、途方に暮れたと
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