談をしたのであらうか。いはゞ、※[#丸十、331−16]の主婦ですら、一杯食はされたといふ感じであつた。つまり、就職が定まり次第、本人が下宿代を支払ふのは分りきつた話であるが、それまでは生家の方から口前を入れるからといふ約束であつたに相違ない。ところが、当の本人が布団と一緒に送られてきて、それから後は梨の礫、ついぞ一文の送金もない。三ヶ月たち、四ヶ月たち、就職口もないのであつた。
尤も、途中に、三週間ぐらゐだけ、就職したことがあつた。忽ち、追ひ出されて来たのである。この追ひ出され方が、又、奇想天外、ほかの誰でもとても斯うは出来ないのである。その店に職人の仲間が五人ゐたが、中に一人の腕きゝがゐて、仕事の腕がいゝばかりでなく、倉庫から店の服地を持出して売飛ばし酒色に代へるに妙を得てゐた。夜業が終ると、職人一同が揃つて出掛けて一杯やつたり何かするが、半分ぐらゐは例の腕きゝが支払ひ、あとの所は代り番こぐらゐに奢り合ふ。ノンビリさんだけは、支払つたことがないのである。わしが払はふ思ふとるうちに誰かしらん払ふてしまふさかいに、とか、わしはつきあひに馴れんさかいに、どないして払ふていゝのやら分らへ
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