得ない。だから、食堂の親爺も主婦も、関さんが戻つた当座は、むつとした顔をしながら、食事のお菜に御馳走し、御飯も鱈腹たべさすのだつた。
碁席を別にして、この家の二階は二間あつた。僕がその一室へ越して間もなく、いつからだか確かな記憶はないのだが、ノンビリさんと称ばれる若者が他の一室へやつてきた。主婦の姉の三男だかで、和歌山の人、二十六歳の洋服の職人だつた。
僕が名無しの先生で通るやうに、この男もノンビリさんで通用して、僕は姓名を全然知らない。東京で洋服の修業をしたが、病気で帰郷し、一年ぐらゐブラ/\し、まだ本復はしてゐなかつたが、母親と※[#丸十、331−10]の主婦が手紙で打合せ、京都で勤め口を探すために、ていよく故郷を追ひ出されたのだ。
ノンビリさんと称ばれるけれども、凡そノンビリしてゐやしない。いつもオド/\し、喋りだすと口角に泡をため、顔に汗ばむのであつた。坐職のせゐか、両足が極度に細く、ガニ股で、居ても立つても歩いても、常に当惑してゐるといふ様子であつた。生れて以来、人に好かれたことがなく、常に厄介者に扱はれて育ち上つた様子でもあつた。
二人の姉妹が手紙の上でどういふ相
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