当になりはしない。けれども、常連の一人々々をつかまへて、一々この話をきかせてゐる。無論、僕にも、親爺にも、主婦にもだ。関はん、えらい又、色男のことやないかいな、と冷やかされても、ヘッヘッヘ、いや、どうも、と喜んでゐる。作り話だらうとでも言ひだす人があらうものなら、青筋を立てゝしまふのである。いえ、そんなことあらしまへん。坐り直して、顫へながら相手を睨み、ほんなら、行つて、きいてみておいでやす。誰が一々呉服屋へ行つて、あなたの家の白痴の娘が……ときかれるものか。恰《あたか》も、生存の根柢を疑られ、おびやかされたといふ激怒であつた。
 然し、碁会所にしてみれば、こんなに厭がられ、出て行けがしにされながらも、結局、関さんがなければならぬ人だつたのだ。何人が誇りなくして生き得ようか。関さんとても、誇りはあつた。しかも、あらゆる人々が、関さんの誇りを一々つぶしてゐるのである。さうして、あらゆる人々が関さんに求める所は、要するに、自分と対等の位置に立つな、碁会所の奴隷になれと言ふことだつた。その報酬は、たゞ寝室と、十三銭の定食のその残飯だ。碁会所の番人の志願者はいくらも有るが、関さんの条件では有り
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