、今や夢見中で、夢の中では鉢巻をしめてステヽコを踊つてゐる様子であつた。豚や牛では、とても、かうはいかないだらう。牛などは、生きてゐる眼も神経質だ。猪といふ奴は、屍体を目の前に一杯傾けても、化けて出られるやうな気持には金輪際襲はれる心配がない。無限に食つた。大丈夫だ。もたれない、と尾崎士郎がけしかける。
 そこを出たのは八時前で、まだ終列車には間があつたので、大江と二人、女のところへ一言別れを告げに行つた。黙つて行く方が良くはないか、と大江が言ふが、僕はハッキリ別れた方がいゝと思つた。大江と女は東京駅まで送つて来た。女とは、それまでに、もう、別れたやうなものではあつたが、気持の上のつながりは、まだ、いくらかあつた。
「君は送つてくれない方がいゝよ」と僕は女に言つた。「プラットフォームで汽車の出る時間待つぐらゐ厭な時間はないぜ」
 けれども、女は送つてきた。
「気軽に一言さよならを言ふつもりだつたんだが、大江の言ふ通り、会はない方が良かつたのだ。どうせ最後だ。二度と君と会ふ筈はないのだから、暗い時間を出来るだけ少くしなければならない筈だつたのに」
「分つてるのよ。二度と会へないと思ふし、
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