うな看板だつた。親爺は満悦、袋小路の入口へぶらさげ、停留場を降りると、誰の目にもつくのである。
然しながらヘボ三人では碁席の維持ができにくい。そこで初段の人を雇つてきた。さて、蓋をあけてみると、この初段が大悪評だ。別の初段に変へてみると、これも悪評、あれも悪評。そのうち常連の顔ぶれも極つてみると、みんな僕以下の下手ばかりで、先生などはいらないから、たゞ碁を打てばいゝのだと言ふ。常連会議一決して、先生をお払ひ箱にしてしまつた。
けれども、一日に一人や二人は強い人も来るのである。みんな常連がヘボだから、二度と来なくなつてしまふ。京都では、僕のやうな風体の者が絵師さん、つまり先生で、親爺は先生と呼ぶ。親爺は物覚えの悪い男で、僕の所へ速達が来ても、え、坂口はん、きいたことのない名前やなあ、と言ふ。だから年中お客の名前をトンチンカンに呼び違へ、陰では符牒でよんであるのだ。だから、僕はこの家では名無し男で、常に先生であり、たゞ先生で、先生以外の何者でもなかつた。結局碁会所の常連達にも、僕はたゞの先生で、名前がなく、先生以外の何者でも有り得ないことになつてしまつた。
みんな先生と言ふものだから
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