、僕だけはどのヨタモノからも大切にされて、如何なる無礼な仕打も受けずに済んだ。
 三年前、小田原に住んでゐたとき、一ヶ月ばかり留守にして帰つてみたら、勝手口の南京錠が外されてをり、内側から鍵がかゝつてゐた。入口の戸、雨戸、一つ/\調べてみたが、みんな内側から鍵が下りてゐる。つまり内側には何者かゞゐる証拠である。君子は危きに近よらずといふ規則であるから、ガランドウ(駅前のペンキ屋)へ行つて助太刀をたのんだ。ガランドウは菓子屋の屋根の上で看板を書いてゐたが、書きかけの一字だけで仕事をやめてしまひ、十六の倅に金棒と金鎚とヤットコと木刀をズックの袋につめて持たせ、僕の庵へやつてきた。けれども、一時間ぐらゐ過ぎてゐたから、泥棒は雨戸を開けて逃げたあとで、先生も慌てゝゐたものと見えて、二包みの荷物をつくつてゐたが、それを忘れて行つた。刑事の話では四五日住んでゐたらしいと云ふことで、僕の蒙つた全被害よりも高価な煙草ケースを忘れて行つた。
 盗む物の有る筈のない僕の庵をねらふとは御苦労な泥棒があるもので、泥棒に会はせる顔がなかつた。この庵は元来僕が借りたときから硝子《ガラス》窓が四方に開け放してあつて
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