ニシそのものであってもかまわない。その存在が一に尊まれるのは、人に食せられるによってである。死せざればただ水中の怪物にすぎざる物も、死して人に食せられては、放善坊をも泣かしむるのである。人生の理はかくの如くに顕然たり。余もまたよく己がツトメを果して死せざれば、ただ春日山の怪物にすぎざるべし。
余は生来のサムライである。サムライがサムライたることを羞じ怖れては己がツトメの果さるべき理がないではないか。
憎むべきかの信玄を斬れ。かの入道を足下に踏んまえよ。将兵の辛苦はさることながら、これもまた銘々のツトメならば是非もなし。謙信はバイたらん。諸氏もまたバイたれ。春日山城の総員はあげてバイたれ。諸氏はその馬力に於てPTAの女連盟に及ばずといえども、バイたれば足るのである。謙信は馬力に於てPTAの女連盟に遠く及ばず。しかも余がバイたれば、PTAの女連盟は余のために哭し、余の名をたたえるであろう。諸氏に於てもまた然りである。バイたれ。バイたるべし。バイたらん。
余がかくの如くにカツゼン大悟して、ふと見やれば、放善坊は涙を拭き拭きカラカラと狂笑して起き上り、
「さて、この勘定はいくらだろうか。
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