決戦川中島 上杉謙信の巻
――越後守安吾将軍の奮戦記――
坂口安吾

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)新発意《しんぼち》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)三十|尋《ひろ》
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     馬力にうたる

 永禄四年七月三十日。余(上杉謙信)はひそかに春日山城を降り五智の海へ散歩にでた。従う者は池田放善坊という新発意《しんぼち》ただ一人。余は時々サムライがイヤになる。自分がサムライであることも、サムライの顔を見るのもイヤになることがあるのだ。この日は特にそうだった。
 余はこの年の三月小田原を攻め、古河に公方を置きなどして、自らも病に倒れ、六月に至ってようよう帰国したばかりである。百余日にわたる遠征に将兵は疲れきっていた。しかるに余は、武田信玄と決戦せざるを得ぬ気持にせめたてられているのである。
 彼こそは当代の悪党である。胸中一片の信義もない。術策をもって業となし、他国に内訌《ないこう》を謀り自家の勢力伸長のみを念としている。
 昨年今川義元が織田信長に討たれて後は、天下平定、覇者の悪夢につかれ、益々悪逆な術策に身を持ちくずしているも
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