皿にもっと山盛りにもってこい」
「キサマ、本当にうまいのか」
「うまいですとも。見直しましたよ。あなたも相当な食通だ。海底にも海底の山川草木があるものですが、その全ての精気がこもってますな。これは少くとも七十五尋以上の深海に生育していますよ」
彼の目の色が変っていた。色慾から食慾に乗りかえたことが歴然と現れていたのである。彼は三皿目のバイも大急ぎでむさぼりくらい、女中をよんで、
「オイ。オマエのウチにイケ花をいけるような大きな皿があるだろう。その皿に、山盛り、バイをつみあげてこい」
「樽ごと持ってきてやろかね」
「なるほど。それも、いいな」
「目の色が変ってるわ」
女中は嘲笑して去ったが、卓上には置き場がないほどの大きな皿にバイを山盛り運んできた。二人はそれもことごとく平らげたが、さすがに放善坊も五皿目を所望しなかった。余もことごとく満腹であった。
放善坊は食べ終ると横臥して目をつぶり、
「知りませんでしたねえ。人生は深く、ひろい。バイを食べて、人生にバイバイ。また、よし。また、よし」
ふと見ると、彼は泣いていたのである。
余もまた強烈な心境に憑かれていた。バイとは何物だ。タ
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