きである。余は皿のバイをみな平らげて、放善坊の皿をひきよせた。余がバイを食する様を小気味よげに打ち眺めていた放善坊はカラカラと大笑し、
「坊主の食物になれた人にはタニシが珍味と見えますな。田舎女中に笑われないようになさいまし」
 余は彼の皿のバイもみな平らげて、女中に命じた。
「大きな皿に山盛りバイを持って参れ」
「ハイ」
 女中は莞爾と笑い、親しげに余を見返してイソイソと立った。放善坊はイマイマしげに女中の後姿を睨んでいたが、
「ウヽム。タニシを食わなくちゃア、女中にもてないのか。チェッ! 仕方がない」
 その女中はPTAの顔役連とちがい、年も若くて、いくらか美人であった。放善坊は詮方なくタニシを食う方を選んだもののようである。しかし、最初のバイを食べた時、彼は血相を変えて叫んだ。
「ウーム。うまい! たしかに、バイだ。これは海底の味覚だぞ。しかも相当の深処に育った味覚だな。まず、そうさ。三十|尋《ひろ》の味かな」
 丸薬をのみこむようにバイを呑みこみはじめたのである。余がいくつも食さぬうちに、山盛りのバイがカラになった。放善坊は息つくヒマももどかしげに女中に命じた。
「もっと大きな
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