たらす力であるや否や、余の頭はいささか混乱した。
バイを食して大悟す
タイル張りの浴室に海水を洗い落して、余が二階へ戻ると、放善坊が性こりもなく一句したためて余に示した。
大海は洋々と童貞をつつみ
PTAのオバサンとアヤメ分たず
ただ見る疲労の色あるはこれ童貞
「さっきの句よりはいくらかマシだ」
余は破かずに紙片を投げ返した。放善坊はカラカラと笑い、
「万事、食慾の問題ですよ。坊主の食物を食ってたんじゃア、いつまでもウダツがあがりませんや。まこれなる物を召し上れ。これが鯉のアライ。こちらがキスのフライ。そして、こちらが――オイ、オイ。女中!」
放善坊は大慌てに女中をよんだ。そして、叱りつけた。
「キサマのウチは客人にタニシを食わせるのか」
「バカ云いなれ。それタニシらかね。バイらがね」
「バイとは、なんだ」
「バイらて」
「きっとタニシでないか」
「タニシが海にいるかね」
「これが海の貝か」
「食べてみなれ」
余はバイを一つつまみ、臍の緒のようなものをひきだして舌にのせた。噛みしめると、実にうまい。貝の堅さがなく、草木の若芽の如くに腹中に溶けこむ趣
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