たのである。
旅館全体にゲラゲラと笑いどよめく声があがった。振り仰ぐと五十人あまりの女が縁側から余を眺めて笑っているのだ。
余が一泳ぎして休んでいると、五十人あまりの女性がそれぞれ海水着の姿となり、それぞれ下駄をはいて静々と砂丘を降りてきた。先頭の女は余分の下駄一足をぶら下げており、
「これ、アンタにやるさ」
と余の鼻先へ突きだした。みな相当の年配であった。
「あなた方は何者だね」
「PTAの婦人連盟らがね」
彼女らは余の領内の女傑もしくは女の顔役とも呼ぶべき連中であるらしい。余が謙信であることを知る者のなかったことは幸いであった。
彼女らは概ね余よりも水練が達者であったが、中には佐渡まで行くつもりかと思われたほど沖合遠く泳ぎ去り平然と泳ぎ戻った女傑も三四いたのである。いずれも余と同年配、三十二三の額に小ジワの現れた女性であった。面相は香《かんば》しからぬものがあったが、悠々たるその態度。余が感じたのは「馬力」の一語につきる。余は戦場の兵隊にもかかる馬力を感じたことはなかったのである。
馬力は戦力であるか。もしくは単に馬力にすぎないのであるか。かかる馬力が春日山城に安泰をも
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