が咎めてか、筆紙を取りよせて一句示した。

  身は童貞にして清風あふれ
  千軍万馬退くを知らず

「キザなことは、よせ」
 余はその紙片を破ってすてた。眼下に日本海が鏡のようにきらめいている。左に居多の浜、右に直江津の浜。余の胸に童心がよみがえった。
「一泳ぎしてくるぞ」
「それに限りますな。それまでに昼食の用意を致させましょう」
 余が旅館の裏口から裸で出ようとすると、縁側の柱にもたれてうたたねしていた女がびっくりしたように目をさまして、
「下駄はきなれ」
 と云った。とかく女はねぼけるものだ。砂丘を降りて海まで百メートルの道を、裸のくせに下駄をはくバカはなかろう。
 しかるに余が砂丘を半分降りたころには、足の裏の焦熱地獄に気も狂わんばかりであった。余は荒れ馬の如くに砂丘を降り、デングリ返しを打ったけれども、まだ海までは七八間の距離があった。さらに二度デングリ返しを打ち、走り幅飛を二回やったがまだ届かず、頭を先にして飛びこんだが、そこはまだ海ではなくて波の打ちよせる汀であった。つまり余は汀の砂中に顔の半分を埋めたのである。しかしその痛さの如きも、焦熱地獄に比べれば物の数ではなかっ
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