それが心配になってきた。勘定を払う前にあんまり味をほめすぎるのは考え物だ。たかが、バイじゃないか。第一、あなたがいけないよ。雷様がへソを食うように、あんなにうまそうにモリモリ食うものじゃアないね。人が見ればタイとイワシの見分けを知らぬ田吾作だと思いますよ。バイの借金を背負って春日山へ帰るわけにもいかねえや」
彼は女中をよび、部屋の片隅に身を隠すようにしてヒソヒソと勘定を訊いていたが、にわかに再び狂笑して、女中を突きとばし、部屋の中を踊りはじめた。
「あれだけ食って、三百五十円! 大皿山盛り四ハイたッた三百五十円! アッハッハッハッハア!」
その狂態は、バイを食して五体に熱気陽発したものの如くであった。余はそれを見すてて旅館をでた。程なく放善坊の追いせまる音をきいたが、余はそれに無関心であった。余はこのたびの出陣に当り、余が修学の禅林の池底に秘かに埋蔵して出発すべき秘密の誓文の文案をねっていたのである。それは次の如くできた。
この一戦はバイより出づ
余はバイなり
悪逆無道の山蛸をただ八ツ裂きにせんのみ
川中島に立ち大本営を望見す
ひそかに戦備をととのえ、
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