ができるのである。
 余の当夜の陣形を車がかりの陣と云うが、別にそれほどの特定の名称を必要とするほどのものではない。
 余の軍兵は余の本陣を中心として、ほぼ円形に陣を構える必要があった。なぜなら、敵がどの地点に陣をかまえるか分らないからだ。地点不明の敵陣に備えを立てて夜明けを待つには余の本陣を心棒に円形の陣が必要だっただけである。
 余の軍兵は敵に先立って川中島に陣立てすることに成功した。敵の陣が五間前方に迫っていても素知らぬ顔、音を殺して夜明けを待てばよかったのである。信玄は我から四五丁離れたところに陣をたてた。
 信玄は高坂弾正に一万二千の兵を附し、山伝いに余の背後から突き落す策戦だった由である。信玄自身は八千の兵を率いて川中島に陣し、夜明けと共に挟み撃ちにかけるツモリであったらしい。
 信玄の放った間諜は、ついに一名といえども復命し得た者がなかったそうである。
 したがって信玄が知り得たことは、善光寺のわが軍に何らの動きも起らなかったことだけであった。したがって、信玄は大胆に動くことができなかった。余の目算よりもかなり控えめに陣を立てた。したがって、夜が明けたとき、彼我の陣に四五
前へ 次へ
全20ページ中17ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング