きない。夜間のみの機動力は限られている。彼らの策戦はすでに迫力を失っていたのである。
九月九日の夕暮れ、敵陣の動きに異常を認めるや否や、余は幕僚を呼び集め、
「日没と共に諸方に兵を伏せ、わが陣に近づく者は百姓たると女子供たるとをとわず、全てを殺して一人も帰すな。決して声をかけるな。無言で斬りつけ、全てを殺せ。行く者も近づく者もすべてを敵の間諜と思いきめて斬り殺せ。一人といえども斬りもらしてはならぬぞ。したがって、我が軍は間諜をだすな。すでに我から間諜をだす必要はない。敵の策戦は山伝いに余の背後をつくか、前面に兵をくりだすか、いずれかしかない。我が軍は敵に先だち川中島の真ッただ中に総勢をくりだすのだ。敵の間諜すべてを斬り伏せて帰すことがなければ、我が必勝は明かだ」余の命令一下、日没と共に余の軍は行動を起した。
余は善光寺の五千の兵に連絡しなかった。途中に敵が間者を伏せていることは明かだからだ。あるいはすでに敵の間者は善光寺界隈をくまなく封鎖していよう。もしも善光寺の我が軍が動きだせば、敵は我が策戦をさとるのだ。余ら八千は五千の援兵を放棄することによって、敵のノドにアイクチを擬すること
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