丁の距離のあるのを余は認めて、彼の怯懦を笑うとともに、甚だ失望をしたのであった。
敵は我軍の出撃を予期しておらぬから、かなりおくれて余らを発見した。しかし余らは四五丁の距離をつめる必要のために完全なる奇襲を行うことができなかった。
我軍の鉄砲組が火蓋を切った。つづいて弓隊が之につぎ、つづいて長柄の槍組が突入した。円形を描いていた我軍は次から次へと新手をくりだして敵陣に突入したのである。みるみる信玄の陣立ては総くずれにくずれ立った。敵の十二陣中くずれざるものわずかに三。信玄の弟|典厩《てんきゅう》信繁も開戦とともに討死してしまった。
川中島に対陣した彼我の兵力はともに八千であったが、信玄には山伝いに妻女山の背面へ迂回している一万二千の兵がやがて馳せ参じるであろうことが分っている。それに比べて我が善光寺の五千の兵はこの策戦を関知するところがなかったから、その援助を待つことはできないのである。
一万二千の援軍ちかきことを予知している信玄は、総くずれの敗戦ながらも、たくみに兵をまとめ、ひたすら守勢にまわって援軍を待つ策をとった。
くずれたつ敵兵はさすがに逃げ失せる者もなく辛くも浮足を
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