対している。その中間の平野が無人の川中島であった。両軍いずれも左右に敵をうけて連絡が不自由となった。
特に余の軍勢は大荷駄を善光寺に残したために兵粮があと十余日しかつづかない。ために余が本営の将兵に動揺が起った。
「もしも善光寺の味方が撃滅されて大荷駄を失えば我々は食糧もなく孤立しなければなりません。すみやかに春日山の留守兵二万の救援をもとむべきではありませんか」
宇佐美はかく余に進言した。余はそれに答えて、
「信玄が余の背面をつかず茶臼山に現れたのは、余に秘策あるを怖れたからだ。したがって、彼が余らの意表にいでて茶臼山に現れたと見るのは当らない。怯える心はむしろ信玄に強いのだ。余の本営に動揺の色がなければ、蛸めには善光寺の大荷駄を襲うだけの勇気も起るまい。余の策をはかりかねているからだ。救援の兵力にたのむ心を起してはならぬ。万事謙信の胸にまかせて、ただ最後の一戦にのみ備えよ」
余は将兵にかく諭して、日夜妻女山々上に小鼓を打ちならし謡曲にふけった。
果して信玄は余の策をはかりかねたのであろう。五日の後に陣を撤し、川中島を過ぎて海津城に入り、敵軍は合して一ツとなった。我軍は二分し
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