すぜ。アレ、アレ。右手の山々には小さい入口がタクサンあらア。ずいぶん掘りまくったものですなア。その穴の大半が素掘りのうちに終戦を迎えたから、諸所が崩れて穴ボコの大半が使い物にならないそうじゃありませんか。せっかく掘った穴が崩れるぐらいバカな話はありやしないよ。我々が穴を掘るのはその穴たることが身上だからじゃないか。穴が崩れるために穴を掘る奴はいないや。なんだって、また、穴が出来上るまでねばらなかったんでしょうかねえ。モッタイない話じゃないか。この穴ボコまで崩れちゃア、太平洋戦争なんて、どこにも取柄がありやしねえ。せめて穴ボコが完成して、入場料をとって見物人を入れて、三千年か五千年たつうちには元がとれるじゃないか。あの戦争には人が居ませんでしたねえ」
 国やぶれて山河ありという。余もまたいつの日か、明日か、今日か、身は死して草に伏し、山河に帰する日のありと思えば、はるかに大本営跡を望見して、感慨ただならぬものがあった。
 過ぎし太平洋戦争も、今日の余も、ともに最後の本営を川中島に対して設けたることの奇遇をあやしむのだ。かの時代と今日と、戦略的に共通したところは一ツもない。兵器も戦術も異な
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