ながら、昔のゴヒイキ筋から品物をうけて飲み屋へくるヤミ屋にさばいたり、ヤミ屋の品物をゴヒイキ筋へさばいたり、それでくらしを立てゝゐる。しかし決して多額にむさぼらないのがえらいところで、千円ぐらゐでうけてきた品物が一万五千円ぐらゐに思ひがけない上値で買ひ手があると、三百円とか五百円とか予定してゐた口銭以外はそつくり売り手へ届けてかねての恩儀に報いるといふ心掛けである。ハタから笑はれ、そゝのかされても、いゝえ、義理人情をわきまへなくてはいけません、と言ふ。信念ミヂンもゆるぎがない。
そのくせ完全な変態で、自分は全く女のつもり、二十三のみづみづしい若衆だから娘の注目をひくけれども、女などは見向きもしない。倉田はかねてソメちやんのキップが好きでヒイキにしてゐるが、ソメちやんもまた、倉田の生き方に筋の通つたところがあるから尊敬してゐる。これに手助けを頼みたいと思つたが、何がさて歌舞伎育ちの粋好み、義理人情に生きぬいてゐる珍品だから、御開帳の露出趣味と相容れず軽蔑するにきまつてゐる。こゝを納得させなければ苦心の演出ゼロになるから、
「これはソメちやん、江戸前の好みによつて悪趣味下品なるものと即断しちやいけません。あるべきところに毛がないてえのを悩みぬいたあげくにイレズミをしてさらに悲歎を深め、わが運命を無限の失恋とみる、悶々の嘆きが凝つて酔へば前をまくつてタンカをきる、この胸の中はせつないね。この悲しさは江戸の通人によつてむしろ大いに尊重せらるべき性質のものだらう。それはあなた田舎ザムライはヨダレをたらしていい見世物にするだらうけど、通人はこの切なさは買ひますよ。酔つ払ひといふものは、いつの世も田舎ザムライそのものなんだから、お客がこれを見世物とみる、その低さを、自分のものと見ちやいけないです。ソメちやんなどもまことに心の悲しい人なんだから、悲しさを血のつながりに、姉妹とみる、いたはりがなきやいけない。お客がこれを見世物と見るなら、その観賞気分が露骨なエログロ低級下品に終らぬやうに、軽妙な気分をつくつてやる。イレズミは構図も彩色も着想も見事な妙味があるのだから、物自体としちや最もユニックな見世物なんで、単にエロ、下品、露骨と見せちやいけないやね。お客の気分を軽妙にとゝのへて下品ならざる境地をつくる、余人ぢやできない、ソメちやんの気品と粋、同情と協力が最も必要な次第ぢやないか」
ソメちやんも承諾したから、ソメちやんとヨッちやん母子を住みこませ、玉川関に退場して貰ふ。万端最上清人の命令でなく、倉田支配人の指図によつて、これより万事店のことは新任の支配人が執り行ふから旧来の仕来りは一新する、店内の作法は支配人の許可なくして何事も行ふことはできない、天妙大神のゴセンタクも支配人にはミミズのタハゴトにすぎないのだから、と申渡す。
同時に最上とお衣ちやんは温泉へ出発させ、二三週間ホトボリをさましてこさせる。そのうちにはオバサンを手なづけて、これを逆用して天妙大神とお衣ちやんの防壁にしようといふ、そのためにはヨッちやんと懇ろになることも辞せないといふぐらゐ倉田は悲壮な覚悟をかためてハリキッてゐる。
倉田は温泉行の最上と別杯をあげて激励して、
「だから最上先生、安心してお湯につかつてきなさい。私の覚悟はいさゝか悲壮なぐらゐこの仕上げに打ちこんでるのだから。考へてもごらんなさい。それは私は色好みだから、ヨッちやんみたいな化け物でも一晩ぐらゐは面白からうといふ程度の心ざしはあります。しかしあなた、私の現在の立場ぢやアこれを一晩であしらふ手だてがむづかしい、九分九厘後腐れ、四谷怪談になりかねないところだから、こゝはつらいところだな。そこを敢て辞せないといふ覚悟のほどを可憐と見ていたゞかなきや。私はつまり天来の退屈男なのだから、生活を芸術と見る、ひとつは芸術の才能に恵まれないせゐだけれども、しかしあなた、生活を芸術と見る、全体の構図のためには貧乏クジは作者自身がひかなきやならない、これがツライところで、しかしまたそのギセイにおいて一つの構図を完成する、この喜び、この没入、この満足、これは私の生来のものです。だから私は厭ぢやない。むしろ大いにハリキッてゐます。しかしあなた四谷怪談は当事者の身になつちやアこれは全くつらいからな。その甚大の苦痛をおして一篇を完成するところに、おのづから報われる満足を人生の友としてゐるのだから、人生芸術家倉田博文先生、この手腕を信じて、心安らかに旅行を味ひ、未来に希望を托しなさい」
そこで御両名は出発する。
倉田は自ら調理場に立ちチビリチビリ傾けながらも大根をおろし牛肉をあぶり吸物の味をきゝオバサンと共に大奮闘、策戦よろしく店は繁昌するけれども、ソメちやんの気品と粋は効果を示さず、あべこべに下品を深め、地獄の相を呈する。それ
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