といふのが、ヨッちやんの芸が終ると、勢ひの赴くところ、ソメちやんに露出を強要する。歌舞伎の伝統の中で女の躾を身につけたソメちやんだから二の腕を見せてもすくみ羞らふサムライの娘カタギ、それが一そう酔客のイタヅラ心をそゝつて、はては掴へてハダカにする。悲鳴、悲嘆、それを肴にカッサイ、また乾杯、勢ひの赴くところ、次にはヨッちやんをハダカにする、こつちの方は物ともせずタンカをきつて卓の上に大あぐらをかいたり大の字に寝てしまつたり、お客がこれにタバコをさしたり徳利を入れたりイタヅラする、お客同志のケンカとなる、大乱闘、倉田先生、器物を保護し、お勘定をいたゞくに精魂つくし、二ツ三ツ御相伴のゲンコなどもチョウダイに及んで、芸術的才腕の余地などはない。
 これが毎晩のおきまり行事で、それを目当に集る常連だから、ヨッちやんの芸が終る、そのへんで気分が変るやうにと倉田が顔をだして得意の駄弁、ナニワ節、フラダンス、熱演効なく、ひつこめ、あいつもついでにハダカにしちまへとくるから、匙を投げて長大息、お客の身になつたら面白からう、オレもお客になりていなどゝ芸術製作の熱意を失つてしまつた。
「先生、私はとてもこのお店はつとまりません」
 と、ソメちやんは元の巣へひきあげる。
 倉田はヤケクソで、新風を凝らし、新作にとりかゝる気持などはミヂンも持てない。ヤケ酒をきこしめして、これだけはと日頃要心してゐたものを、ヨッちやんや、お前さんは可愛いゝ人だ、からだから心から全体が悲しさそのものなんだな、悲しさを抱きしめて私も一緒に溶けて掻き消えてしまひてえ、などゝセンチになつて、お世辞たらたら喜ばせて契りを結んでしまつた。荒《すさ》んでゐても、遊女と違つて、悲しみの玉、初心の熱情、むしろ何物にもまして必死なものがあるから、三夜又五夜、倉田が興ざめたころはヨッちやんは夢中で、客席で芸を御披露しなくなり、酔客の所望をせゝら笑つて、
「ナニいつてやんだい。私にはいゝ人があるんだよ。私は可愛がられてゐるんだからね。私のからだはウチの人のものなんだから、もうダメだい。とつとゝ帰つておくれ。水をぶつかけるよ」
 お客が全然なくなつてしまつた。
 女の心は可憐だけれども、無益なセンチはつゝしむところ、最上清人が帰京する、事情を伝へてサヨナラと一言、風に乗つて姿をくらます。オバサンとヨッちやんは鬼になる。お衣ちやんは教会へ戻つてしまふ。
「私たち親子は倉田の悪党めの指金で教会に不義理を重ねたから帰るところがないんですよ。旦那すみませんけど、泊まらせておいて下さい」
「倉田のしたことなんか知らないよ。とつとゝ出て行け」

「ぢや警察の旦那の前で黒白をたゞしてもらひませうよ。私や損害をバイショウしてくれなきや、殺されてもこゝを動きやしないからね」
 そんなわけで、最上先生、ずるずるべつたり親子の妖怪変化と同居を重ねざるを得なくなつてしまつた。


   夜の王様

 全国的には七・五料飲休業、東京だけが六・一自粛、一足先に飲ン平は上ッタリになつてしまつた。ところが、こゝに、唯一人、ほくそゑんでゐるのが最上清人先生で、どうせ死ぬんだ、どうにとなりやがれ、ゆくゆく首をくゝる計画だから、右往左往の業者ども、禁令をどこ吹く風、お店の有り酒を傾けてゐると、絶えて客足のなかつたタヌキ屋に六・一自粛の当日から俄に客の往来がはげしくなつたから、物に動じない大先生も、果報は寝て待てと昔から言ふけれども、ハテナ、夢に見た蝶々がオレだか、今のオレが夢だか分るもんかといふ荘周先生の説はこゝのところかも知れないとボンヤリ疑つた始末であつた。
 東京の飲ン平どもは専らマーケットといふところでカストリのゴヤッカイになつてゐる。マーケットは青空市場のなれの果だから、板によつて青空を仕切つて人間共に位置を与へる。何百といふ馬小屋が並び、こゝへ一匹づゝ馬を飼ふのかと思ふと、十人ぐらゐづゝ人間を並ばせてカストリを飲ませる。馬なら一匹だけれども、人間なら十人つめて、この節の酔つ払ひは衰弱消耗して、羽目板を蹴とばす奴もゐないから、小屋もいたまない。当節は百円札が単位だよ、靴の裏皮を張り変へたつて四百五十円、カストリ一杯三十五円ぢやねえか、おまけにノンダクレの勝手のオダにつきあつて、これはあんた商売ぢやアない、社交奉仕だよ、クソ面白くもねえ。馬小屋の旦那は厭世思想家でニイチェなどゝいふ人と同じぐらゐ大胆卒直に思想を吐露するから、お客は益々衰弱する。ところへ六・一自粛、馬小屋には裏座敷がないから、厭世財閥の旦那方が真剣に慌てた。
 財閥の旦那が慌てるのは、持てる者は不幸なるかな、旦那方が慌てなかつたらラクダが針の目をくゞる、予言の書物にあることだから、これは筋が通つてゐる。わけの分らないのは馬小屋に十人づゝ並んでゐた連中で、この連
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