。私がそこまで送つて行つてあげるから」
瀬戸は何か言はふとしたが、倉田は腕をとつて外へ連れだして行つてしまつた。
清人は絹川のところへ行つた。
「帰りたまへ。もう君もこの店へ来てくれる必要はない。オイ、こちらの勘定はいくら?」
高見の見物をたのしんでゐた絹川は、仰天して蒼白になり、金を払つて、遁走した。
清人は富子を五ツ六ツひつぱたいて、くるりと振向いて寝に行つたが、すぐ戻つてきて、
「お客から法外な金をとつて店を寂らせた責任をとれ。二号になれ。そして僕に金を払へ。食事は一日に一合だけ、オカユだ。それ以上たべたかつたら、人にたべさせて貰へ」
言ひすてゝ、酒をのみに出て行つた。
倉田が瀬戸を電車に送りこんで戻つてくると、富子はワッと泣きふしてしまつた。倉田はさすがに少しも騒がず、
「まアまア、あなた、私にお酒」
泣く女に容赦なく酒を持参させて、
「私がついてる。軍師がゐるから大丈夫。安心なさい」
人生が面白をかしくて堪らない様子で彼は再びメートルをあげはじめた。
★
倉田ほどの達人でも、人生は然し、彼が狙ふほど面白をかしくは廻転してくれないのだ。第一にお金が足りない。飲みすぎて足をだすから、ピイピイしてゐる毎日が多く、闇屋みたいなこともやるが、資本を飲むから大闇ができず、人に資本をださせ口銭をかせぐぐらゐが関の山で、何のことはない、大望をいだきながら徒に他人の懐をもうけさせてゐるやうなものだ。あそこの赤新聞で紙を横に流したがつてゐるといふ。それ、といふので駈けつけて売値をたしかめ、それから諸方の本屋につてを求めて買手をさがして、東奔西走、忙しくて仕方がなくても、売手買手、両雄チャッカリしたもので、口銭はいくらにもならない。
彼はどうしても資本家にはなれないといふ性格で、さうかといつて社員には尚さらなれない。諸方の会社や資本家にわたりをつけておいて、儲け口を売りこむといふ天性の自由業、まともなことは何一つできない。
さすがに然し女はたくさんある。タヌキ屋へ女をつれてきて、御両名の見てゐる前で堂々と口説いて、あつぱれ貫禄を見せたこともあるけれども、浮気などゝいふものはハタで見るほど面白をかしくないもので、何のためにこんな下らないところに金を使つちまつたんだか、せつかく骨身をけづつた金をと後悔に及ぶやうなことばかり、イヤ人生は断じて面白をかしいです、などゝ痩我慢に及んでゐるが、実際のところは、倉田達人の人生も万人なみに大したことはないのである。けれども、浮気なんて、つまらんもんです、と言つてしまふと、首をくゝつて死ぬ外に手がなくなるから、人生面白し/\金々々と云つて多忙に働きかつ飲みかつ口説いてゐる。
そこへタヌキ屋事件が舞ひこんできたから、彼はよろこんだ。彼は元々哲学者で、哲学者などゝいふものは天性これ教育者であるから、実際はつまり、自分がやるよりも人にやらせる方が面白い気質で、御夫婦御両名に浮気を指南する、打込んでみると、面白い。尚又面白いのは、タヌキ屋の軍師となつて千客万来を策す、口銭にお酒は安直に飲ませてもらつて、つまり研究室の演習といふ要領で、指南かたがた浮気の演習をやらせる、それが酒の肴で、これは頗る面白い。あげくにタヌキ屋が破算壊滅に及んでも、こつちの身には関係がなく、人生面白し面白し然し彼は外にも忙しい男だからあつちで儲けこつちで稼ぎ、御自身だつてあちこち浮気もしなければならず、まことにどうも多忙だ。
美人募集の広告が紙上に現れ、最上先生のテストがあつて及第したのが五人、女の子が二人ゐても有り余る店へ五人ならべる、女の方で擦れ違ふのが大難儀、お客のないときは五人ポカンと一列に並んで、それより外に場所がないので、そこへお客が一人で舞ひこんでくると相当の心臓でもブルブルふるへてしまふから、これぢやアいけねえな、と倉田軍師がオコウちやんといふ呆れるぐらゐ愛嬌がよくてお喋りでチャッカリしてゐる二十の娘をつれてきた。これ又さる待合の娘で、目下軍師自ら熱心に口説いてゐる最中なので、それぢやこつちで手伝つてもらつて、どこで口説くのも同じだといふ軍師の思想だ。この娘を戸口の近いところへ置く。軍師のお目がね違はず、女の子がアクビをせずにゐられる程度にお客が現れるやうになつた。
こゝに哀れなのは富子で、ある日外出先から戻つてみると、着物が全部なくなつてゐる。アッパッパのやうなものが二着とよれよれのユカタのやうなフダン着が残されてゐるだけ、あとはみんな清人が質に入れてしまつた。だいじな常連を怒らせて営業不振をまねいた責任はとらねばならぬ。着物が欲しけりや二号になつて旦那から出してもらへ、と云つて質札をなげてよこした。
「だつて瀬戸さんの借金は瀬戸さんが払ふ筈ぢやありませんか」
「バカ。瀬戸
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