癪が、どす黒い雨雲になつて走り出す、窓から、煙る雨脚を眺めてゐたり眺めてゐなかつたりすると、腐りかけた脊髄を冷いものがタラタラと這ひ滴れて行く。そんな雨降りの毎日にも、僕は外出を止《や》めるわけにはゆかなかつた。この三月《みつき》僕は帽子を被らずに、杖を振り振り街を流れる、雨の日も傘や外套を僕は着けない、赤茶けた髪に風が騒ぎ、屑のやうに額に揺れ、僕の目に雨の滴《しずく》を差し落す、冷いものが襟に滲みる其の度に、僕は豪然と肩を聳やかして捩れた足の歩調を取つた。斯様なだらしない服装が僕の趣味だと言ふのではない、なぜだか、不図さうせずにはゐられない不思議な誰かと僕は一緒に住み慣れてゐた。
雨の日に、矢張りボヤけた黄昏がきた、僕は殆んど無意識に湿つた洋服を着込んでしまふ。部屋も体躯も妙にドロドロと湿つぽい、そして黴れた玄関に、なぜだか僕はヒソヒソと靴を結んで立ち上ると、急にソワソワと白らけた不安がこみあげてくる、足や手が一度にイライラと騒ぎ初めて、ひたすらに収拾し難い混乱が一瞬《ときのま》僕を絶望へまで導いてしまふ。ふと幽かに、羽搏きに似た何か物音が、耳を澄せば棟の何処かに、繁くバタバタと聴
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