喉から可笑しなハズミで転げ出て行く、僕は慌てて口を開けるが、喉を駈け出る笑ひの煽りは北風のやうに冷く白い、壁に虚しく木霊した空洞《うつろ》な音はまるで凋んだ風船のやう、部屋の中空をフワフワと浮いて、閉ざし忘れた僕の口へ波紋を描いて戻つて来る、僕は頬つぺたを膨らませて、物も思はず、それをモクモク呑み干してしまふ。
夜の酒場で、其処でも僕は、怒つたやうな顔貌《かおつき》を崩すことが出来なかつた。見知らない人達の多くの顔が正面の鏡に居流れて、強い体臭を放ちながらそれぞれの営みを示威してゐるが、近頃僕はそれらの顔に恐怖も羨望ももはや感じはしなかつた。骰子《ダイス》を振るマドロス、日本語を喋る日本人、絞るやうな笑ひ声、ときどき酒場一杯の喚声が、同じ不図したハズミによつて、鶏小屋のやうなケタタマシイ物音に蒸れたりするが、それでも僕は驚くばかり安心して、僕の孤独《ひとり》を噛みしめてゐる。親方《マスタア》が時々僕を慰めに来る、あきらめて、背中を向けて、行つてしまふが、それでも僕の安心は、海のやうにウラウラと深い。
その頃、永い雨が降り続いてゐた、もう丁度二週間……。時々僕の額から、圧し潰された癇
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