は癇癪を起して僕の頭へ指を突き込む、お前はそれを掻き廻して、イヤといふ程僕を畳へ転がせてしまふ。それでも僕の長い泳ぎは、失はれた藻屑のやうにいつ止むものとも思はれない、僕は深深《ふかぶか》とした渦巻に酔ひ痴れながら、陥没する木屑のやうに、古い疲れで二つの眼瞼を閉ぢてしまふ。
「陰気坊主! お化け! 間抜け! 弱虫! 意地わる! 気狂ひ! トマト!」
 日本語の語彙《ボキャブラリイ》は、お前を一晩喋らせておく程豊富には作られてゐない、お前は癇癪で目を泣き腫らし、お前自身が分らなくなる、お前は咄嗟に稚児《おさなご》の心を決めて、爆弾のやうに僕の脾腹へ倒れて落ちる。お前はニヤニヤ笑ひながら、僕と平行に腹這ひに寝てすばやく僕の目の中へお前の笑顔を捩込んでしまふ。
「痛かつて?」
「痛くないこともなかつた」
「近頃健康はいいの……?」
「さう、悪くないこともないが……」
「今日も一日退屈して?……退屈しないこともなかつたのね。ねえ、あたし今日、いろんな事を考へたの……」
 そしてお前はニヤニヤしながら、「いろんな事」を思ひ出せずに探しあぐねて、時々そのまま寝込んでしまふ。僕の近頃は放心が深い、そ
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