送人の組組が、一ツ又一ツ僕の鼻先を往来し、稀には僕の肩のあたりに暫く群れて動かずに、ややあつて去る一団もあつた。ときたま二三の人々が僕の姿をふと見出して、咄嗟に声を落してしまふが、間もなく群の空気に紛れて、僕を忘れて行つてしまふ、僕はただ、笑ひもせずに、それを見てゐる。
 僕の悪い風態が、時々僕を交番や、密行の刑事達に誰何《すいか》させた。僕はこれまで、交番を、穏やかな心持では通ることが出来なかつた。今は違ふ、西も東も同じ心で、一色の水を泳ぐやうに、僕はひたすら街を流れる。
 霖雨《ながあめ》も終りに近い一日だつた、その日僕達は、東京へ行く電車に乗つた。僕達の正面に、常ならば僕に礼儀を強ふるであらう、綺麗な婦人が乗つてゐた。僕の体躯は雨でグッショリ、僕の心も亦そのやうに、気取る余裕はもう無かつた。杖の柄に僕は劇しく両肱を組み肱の上には不遜な肩を鋭く張つて、蟇《がま》の形にのめり出しながら、憎々しげに隅の一方を凝視めてゐた。故意ではないが、僕の目は、時々睨む形をつくつた、路傍に濡れた雨垂が、僕の顎から床板に滴れた。僕達は新橋で下車した。
「あんまりお行儀が悪いぢやないか、キミはあんまり―
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