の時だけは莫迦のやうに安心して、妙に感慨を鎮めながら言ふのだつた。するとお前は、僕が狡猾に予想してゐたと全く同じに、お前も亦莫迦のやうに安心して、「ほんたうにさうよ、あたし、いつまでも生きてゐたいの……」と笑ひ出すのだ。その時お前は油ぎつた二つの目をキラキラと光らせながら、自分の感慨に溺れるやうに、肩を窄めて皺だらけの口元をしてしまふ。僕達は顔を見合はす、僕達は探り合ふ、そして僕達は、今僕達が純粋な真実ばかり述べ合つたことを相手の心へ押し付けやうと試みる、僕達はいそがはしく深い満足の笑ひ顔をつくり出すのだ。その笑顔を、長い間、僕達は疑ひの目で見直すことを怠つてゐた。僕達は笑ひ顔に馴れてゐない、そのために、下手な笑ひが変な虚構《みせかけ》に思はれるのだと想像し合つた。そして僕達の「死にたくない」心持は、僕達の下手な笑ひが虚構である場合にも、疑はるべきものではないと信じてゐた。そして若し、ある日僕が愚かにも「僕は死を怖れない」と述べたなら、お前は窓へ顔を背けて、潤んだ夜空に尖つた唇を隠しながら、堪へがたい可笑しさを紛らすやうに肩をゆすぶり、劇しい軽蔑を後姿に表はすであらう、恰も僕が濁つた夜
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