んでいたのである。彼はトルコ帽をかぶって歩いていた。私が子供たちをつれて自然林へ図画を書かせに歩いていたとき、トルコ帽の彼に出会《でく》わしたのである。私たちのその村に住んでいる期間だけのちょッとした交遊がはじまり、そして一夏、彼の山小屋をかりるようなことにもなった。
 小学校の先生というものは、父兄の襲撃に手を焼くものである。自分の子供は特別な子供だときめこんでいる父兄がうるさいことをいってくるからで、こッちの公平な判断を理解してくれない。一方的にきめこんでいるばかりで、こッちの言葉に耳をかそうとする謙虚な態度も失っている。小学校の先生もおもしろいが、これが何より苦手です、と云って彼に打ちあけると、彼は静かに微笑して、
「それはね。こんなのは、どうですか。そんな父兄と話をする時には、はじめ、先方にききとれない細い声で喋るんですね。エ? と云って、先方がきき耳をたてますね。で、次第に、きこえるように声を高くして行くのです。相手は自然にこッちの話をきこうとする態度になっているんですね」
 彼はこう奥儀を伝授してくれたが、これによって私が苦手から少しでも救われたという効き目はなかったようで
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