ろで、クモの巣を踏みきって谷川に辿りつき、水をくんで戻ってくると、もうクモの巣が修繕されて、往復ともにクモの巣の海を渡っているようなものであった。
彼がこの小屋で何年ぐらい自然生活したのか、私はよく知らないが、山中に自生する動物植物を食って、血気の仙人生活のあげく、生れた子供が骨格軟弱の不具者であったそうで、自然生活というものは人間にとっては健全なものではないらしい。彼はたそがれ時に小屋の附近に現れるモモンガーを弓で落して煮て食っていたそうであるが、私が小屋をかりた時にも、その弓はちゃんと小屋に附属していた。竹でつくった手製の弓である。私はモモンガーは食わなかった。ゲテモノは食えないタチなのである。モモンガーは本来の名はムササビ。猫の四足にコウモリの翼を張ったようなケダモノである。たそがれ時に現れるのはコウモリと同じく、木の枝から枝をとんで食物をあさる習性らしい。
私は二十の年に東京近郊の村落で小学校の先生をした。代用教員である。そこは今では東京都内の賑やかな市街地であるが、当時はまったくの武蔵野。田園と自然林の村落であった。ところが、その村に、山中の自然生活をひきあげてきた彼が住
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