の生活も、それほど気楽なものではないと分ったので、山中隠遁をあきらめて下山した。
この小屋は後に同郷のコンミュニストで山添という人が、出獄後、遁世して住みつき、数年、もしくはより長く住んでいたらしいが、彼の奥さんは、とうとうマムシに噛まれたそうである。しかし、生命には別状なかったそうだ。
谷川岳は美しい山だ。私の故郷はあの山の向う側にあるので、その往復に車窓から眺めながら、季節々々にいつも美しい山の姿に見とれることが多かった。とりわけ冬は美しいが、それはあらゆる山がそうなのだろう。目には親しい山であるが、私はまだこの山に登ったことはない。
私は自分がいち早く、青梅近在の名もない山の入口で非常に気楽に死に損って、その印象があざやかで、なつかしいせいか、人々が山で死んだという話には、なんとなく清涼な感慨を覚えて、人の死について感じるような暗さを知らないのである。
しかし、今度の場合は、生還した女性が一人いて、その人の報告によると、何者かが道標の方向を逆に変えていたために遭難したのであるという。まことに由々しい話である。
私は犯罪には興味をもっている。人間について興味をもてば、犯罪
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