クがつまって、私の鼻から上だけが水の上にでているのである。私は完全に無抵抗状態であるから、鼻が水上にでていなければ、自分で起き上って鼻をだす精根も分別もなかったのである。ふと気がつくと、私は息をしているし、鼻から上だけ水の上へ出ているのだ。オヤオヤ、死ななかったのか、と私は気がついた。
 ジッとしていると、次第に意識が戻ってくる。尿意を催してきた。私の手も胴も足も水の中にある。私は水中でズボンのボタンを外した。そして小便しようとすると、意外なことが起った。いくら手さぐりで探しても、放尿すべきホースがないのである。ホーデンもなければペニスもない。いくら手探りしてもノッペラボーである。
 疲労その極に達すると、みんな腹中にもぐりこんで、こんな風になるものだそうだ。おまけに私は谷川の中につかっているのだから、それが一そうひどかったらしい。当時はそうとは知らないから、このときの私のオドロキというものは、話の外である。私はもがいて起き上ろうとしたが、どッこい、そう簡単には起き上れぬ。まだ、それだけの精根は戻らない。落下しつつ死ぬナと思った時にはいささかも慌てなかったが、一物の消滅にはことごとく慌
前へ 次へ
全25ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング