んだ、死ぬ時は、こんな気持なのか、と一瞬のうちに思った。私の頭に閃いたことは、それだけだった。そして、なんでもないもんだナ、と思った。なんでもない筈である。疲労コンパイ。その極に達して、あらゆる力を失ったというアゲクに自然に谷底へ落ちたのである。
ところが、私は死ななかった。それどころか、怪我一つしなかった。十貫目のリュックサックのオカゲである。私は岩の上へ落ッこったが、実はリュックサックの上へ落ッこったような結果になった。落ッこったところから傾斜がはじまり、次に私はその傾斜をゴロンゴロンと、ひどくユックリと谷底までころがって行った。私に少しでも精根があれば、傾斜の途中でいくらでも止ることができたのだが、まったくもう一片の意志も抵抗も浮びあがらないのである。今度こそ死ぬな。なんでもないもんだな、死ぬ時というものは、と私は又思った。そしてゴロンゴロンところがり、最後に再び一丈ほど墜落して、谷川へはまってしまった。
谷の岩と岩の間の深間のところへスッポリ落ちたのである。
又、死ななかった。一尺でも場所が狂うと、私は死んだのであるが、実に巧いところへ落ちたもので、岩と岩の間にリュックサッ
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