谷に沿うて小径を登りつめると、山径は谷と区別がつかなくなる。道自体が岩であるから、ドシャ降りが山から流れて径を流れ落ち、道だか谷だか分らない。そして、そのうち、まったく、谷になってしまう。やむなく、径の岐路まで戻ってきて、別の一方を登りはじめる。これも道だか谷だか分らなくなって、しまいに谷以外の何物でもなくなる。
 すべての道はローマに通じなくとも、里から里へ、いずれは人の居るところへ通じるのが当り前だが、山の径だけは、ダメです。木コリだけの歩く径が主で、どこにも通ぜず、山の奥で自然消滅するのである。どの径を歩いても丸木橋は現れず、径は山中で自然消滅してしまうから、私もようやく、丸木橋が流失したと悟った。しかし、丸木橋のあった場所の対岸に小径があるはずだから、それを探せば山小屋へ行けると気がついたが、この対岸の小径は彼だけの私用の径で、木コリも通らず、一年半も留守にしているから、径の姿を失っていたのである。だんだんタソガレがせまってきた。私の精根はつきた。そして、アッと思った時には、足をふみすべらして、深い谷底へ墜落してしまった。
 私は谷底へ落下しながら、アア、いよいよ死ぬのか、な
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