物価に比してマトモな給料が安すぎる。しかし、一人分の給料でも食えないわけではない。配給物なら食えるのである。しかし、今日的な考えでは、単に食って生きて行くだけでは、「安定した生活」ではないのだ。山際の考えでは、共かせぎしても、生活の安定に自信がない、のである。
 これを佐文の告白を見るとハッキリしたことが分ってくる。
「父は月に一定のお小遣しかくれず、使いすぎたからといって請求しても、全然とりあってくれませんでした。こうした父と少しでも離れたい気持、この二つの点から、私は就職口を探しました」
 一定の小遣しかくれず、使いすぎて請求してもとりあってくれない父と離れて、自分のお金がもうけたかったという。この請求[#「請求」に傍点]という言い方が面白い。使いすぎた金を請求することの当然なのを信じているようである。
 この態度は、恋人に対しても、同断であることを示してもいる。彼女は恋人や、情夫や、良人に、「請求」するであろう。そして請求に応じない恋人や情夫や良人は、その資格がないという結論に当然なる筈である。
 佐文の告白をよむと、山際がその手記に於て「二人共かせぎでも生活の安定は信じられない
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