の一行である。曰く、
「彼女の主観も入っていたかも知れません」
 痛快なほど率直である。彼は愛人の心を常々疑っていたのである。つまり彼女に「浮薄な奴だ、いわゆるアプレだ」という風に見られていないかということを、疑心暗鬼でいたのである。しかし幸いにして「そうして僕達は互の心を探り合いましたが、二人の気持は変らないと云うのが話した後の結果でした」というように、彼のためにはメデタシ/\の結果が現れてくれたのである。

          ★

 山際が手記の中で佐文との恋愛をのべている言葉と、佐文が二人の愛情を告白している言葉とは、面白い対照をなしている。
「左文[#「左文」に傍点]に逢ったのもトラブルが起きたのも偶然だったと思える様な気がします。しかし斯《こ》ういうことは変に小説めくのですが、確かに僕と彼女は何か宿命的な因縁と云おうか、始めて逢った時でも他人のような気がしなかったのです。そうして僕と彼女は幾何学的数(?)に発展していったのです」
 彼は恋人佐文の字をまちがえている。つまり彼は「宿命的」な女に対して、手紙を書くようなことが一度もなかったに相違ない。彼がひどく神秘的なのに対して
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