性が彼の方にあって、彼女の方にどの男からも硫酸をブッかけられる必然性をもっていたわけではない。
金閣寺の青年は、寺内の人々への反感に次第に放火を決意するに至ったが、一番溜飲の下るのは、彼らすべてがそれを飯の種にし、彼らの生存の誇りともしている金閣寺そのものに放火することで、反感とか復讐というものが、最も主要なものを対象に選ぶのは、当然なことである。
彼が女の顔に硫酸をブッかけたり、田中家の土蔵に放火したり、野球選手の腕をカミソリで斬ったりする場合であったならば、その場合に応じて、復讐の一念のほかに、その罪を犯すことの社会的な責任とも一応は闘い、結論として、その弁明を得ていたに相違ない。たとえば、このような浮気女をのさばらせると、さらに多くの男が泣くであろう、とか、田中家の財産は代々の罪の集積であり、農民の膏血《こうけつ》をしぼって得られたものであり、それへの反感であった、とか、彼の右腕は世間を欺瞞しているから、というような。
金閣寺の彼は、対象が国宝の金閣寺であったがために、その特性に応じた責任感と一応は闘い、それに対して、特殊な弁明をも得ていたにすぎないと思うが、彼が罪の意識と
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