た。彼はそのタイピストの結婚の贈り物のことなど心配していたということである。
下山氏の綱がきれてフラフラさまよいだした時、この娘のところへ一目会いに行こうと思うのは、彼の精神状態の場合には、甚しく自然である。何かに、すがりたい。何か、親しいものに会いたいのだ。彼が何より怖れているのは孤独なのである。この孤独感の切なさは、病気になってみないと見当がつかないぐらい、切ないものだ。四十度の熱病に苦しむとき、この孤独感に似たものに襲われることを経験したことがあった。
彼と娘との間に恋愛関係などなかったに相違なく、又、そのような関係がある必要はないのである。彼のメランコリイは職域に於けるカットウや絶望感などが主因となっていたようであるが、そのような彼に風船の綱がきれたとき、最も強く思いだしたのがこの娘であるというのは、完璧なまで当然すぎるというキライがあるほどだ。
この娘は、今はタイピストをやめて、結婚しようとしており、一時は下山家の家族の一員のように親しかったが、今は離れた存在である。昔親しくて、今はめったに顔を合わさぬ存在であるということ、又、結婚の贈り物にあれかれ思い患うほど心をかけ
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