ているということ、いわば、離れていても彼の心に棲んでいるということ、彼がこの時思いだすには、まことに至当の理由をもっている。又、娘と親しくなった理由は、三国人に睾丸を蹴られたとき、他の全員は逃げたのに、彼女一人が助けにかけつけてくれたということであった。彼が綱のきれた風船となって漠然と自分の心をさがしたとき、この娘に一目会いたい、そして、それが、何か力のタシになるように激しく渇望されたのは、あんまり適切な人間がいすぎたものだというぐらい、うまく出来すぎているのである。
しかし、人間の心は一筋縄ではいかないものだ。娘に会いたいと思ってその方面の電車にのり、その家に近いところまで行っても、それだけが彼の心の全部ではない。
彼はその日GHQの人たちと会う約束であったというが、その約束の時間はもうすぎている。そのことに思いつくと居たたまらぬ苦痛を覚えたであろうし、又、唐突に家族のことや、いろいろの職務のことや、それらはすべてそれらを思いだすたびに、彼を混乱させ、どうしてよいか分らなくさせたに相違ない。
彼は娘の家の近くまで行ったが、それ以上近づくことができなくて、ある距離をおいて、思いま
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