をぶらさげて、私のところへ現れてきたことがある。
「読んだかい、この本?」
私はうなづいた。葛巻がコクトオの熟読者だから、私も彼の蔵書をかりて、読むことがあつたから。
「笑ひだしてしまつたのだ。君はヘドが吐けないたちぢやないか。君は何をたべても、あたらない。然し、君自身にも、毒はないね。君は蝮《まむし》ぢやないね」
彼の笑顔はせつなさうだつた。私は彼の言葉が理解できなかつた。然し、彼が私に就て考へるやうに、私が私に就て考へることの必要を認めてゐなかつたので、私は彼に対しては、たゞ、黙殺、無言でゐるだけだつた。
私は彼が自殺に失敗し、生き返り、健康をとりもどして私の前へ現れたとき、思はず怒つたものだつた。
「自殺だなんて、そんなチャチな優越が。おい、笑はせるな」
彼の淋しい顔は今も忘れられない。
「知つてゐるよ。然し、ダメなんだ。俺は」
然し、ダメなんだ、俺は。それは彼の周期的な精神錯乱のことであらうか。その意味だけではなかつたやうだ。彼は私ごとき者を怖れ、闘ふ必要はなかつたのである。彼が私に投影してゐたものは、彼の何であつたのか。然し、彼は、その錯乱のたびに、私への抵抗から死
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