珍しくない筈はない。彼は然し、さういふ興味にテンタンで、雰囲気的なものなどに惹かれることのない気質のやうで、この家を訪ねたことは一度だけ、たしか、さういふ話である。
彼はよく自殺して、しくじつた。彼はたぶん遺伝梅毒だつたと思ふ、周期的に精神錯乱し、その都度自殺を試みる。首くゝりの縄が切れて気絶して発見されたり、致死量以上の薬をのみすぎて、助かつたり、その都度、私のところへ遺書がくる。最後に発狂し、脳炎で死んだ。
私は長島の自殺が、いはゞ私への抵抗ではないかと思つた。彼は私と争つてゐた。然し、私の影と。私が真実あるよりも、彼はもつと高く深い何かを私に投影し、そして、私と争つてゐたやうだ。彼の死後、手垢にまみれたフランスの本だけが残された。その本のあちこちに書かれてゐる彼の感想、その中に凡そフランスの本自身とは縁のない言葉が現れてくる。「安吾はエニグムではない」「安吾は死を怖れてゐる。然し彼は、知識は結ひ目を解くのでなしに、結ひ目をつくるものだと自覚してゐるから」「苦悩は食慾ではないのだよ。安吾よ」
この最後のは、どういふ意味なのだらう。私には分らない。彼はいつかコクトオのポトマック
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