舎道。私はお寺を見つけずに却つて良かつたと思つた。私は頭をかいて、やつぱり死んぢやつた、と苦笑しながら昇天して行く脇田君が見えるやうな気がした。サヨナラ、と言つてゐる。御達者で、と言つてゐる。三田の学帽をふつてゐる。サヨナラ、脇田君。
 私はこの戦争中、爆撃の翌朝、電車が通らないので、東京へ歩く途中、大森で警報がでた。そのとき、家から顔をだして、立ち止つて思案してゐる私に呼びかけた人があつた。セムシであつた。脇田君の死んだ頃と同じぐらゐの年配だつた。セムシ特有の蒼白な顔に、静かな笑顔があつた。
「単機ださうです」
 御安心なさい、といふ笑顔であつた。
「うちの防空壕を御遠慮なく使つて下さい」
 脇田君は大森の木原山に住んでゐたのだ。私が彼を思ひだしたのは言ふまでもない。あたゝかい心と、やさしい魂が私の心をみたしてくれた大きな感謝に、私はほてるやうな気持で、暫くは夢心持で、逃げるやうに道を急いでゐたものだ。
 三人目は長島|萃《あつむ》であつた。
 彼にとつては、私だけが、唯一の友達であつたやうだ。他の誰とも親しい交りをほつしてゐないやうだつた。文学を志す青年に、芥川龍之介の自殺した家が
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